マチネの終わりに(映画)

映画

11月1日に公開された映画『マチネの終わりに』を3日の晩に観に行ってきた。
結論から言うと、とてもよかったです。
言葉にならない感動をもたらしてくれました。
本屋でもずっと平積みされていたから期待作なんだろうとは思っていたし、本を母に薦められていたけれど、期待を裏切られなかったです。

恋愛描写は全体的に極めて大人な展開ね。
舞台は日本よりもパリとニューヨークの空気が感じられて個人的にはとても心地がよかった。

悪役も憎めない背景設定。それが強引じゃなくて、しっかり説得力を秘めている所が演出の腕の見せ所だろう。
そういう抜かりない作品が私は好きだ。
当然かもしれないけれど、でないと作品に浸りきれないからね。

キャラクターの中では石田ゆり子演じる小峰洋子がとにかく魅力的で、英語もフランス語もやってきた人間としては、外国語をしっかり習得しようって思った。単純(笑)
やぁ、キャリアウーマンはモテるのか…外国特にフランスやアメリカではモテるかも。自立した女性が魅了的に映る映画は洋画が多いし、国民性を語るにはフランスしか知らないが、フランス人はうん、仕事にプライドを持っている印象が強い。そんなフランスが好き。

福山雅治演じる蒔野、始めの頃の髪型がダサくて気になって気になって(笑)が、最後はいつもの福山雅治って感じでかっこよくなった。たまに週末ラジオきいてます。

でもやっぱり石田ゆり子がとにかく素敵ね。三谷から真実を告白された時の表情が特に素敵に見えた。
このシーンでは蒔野と洋子の双方でそれぞれとてつもなく苦しい感情を、洋子は一人になってから泣き、蒔野も人知れず空想でグラスを握り潰すことで表現された演出にも感心させられた。

テロに直面した直後と、二人がすれ違った後のエレベーター内とで、蒔野の音楽が人生の支えになっていることを表していることはとてもわかりやすいが効果的でもしかしたら見落としがちな演出かもしれない。
ジャリーアが怪我を負ったシーンはあまり本編と関わりがないが、洋子が周囲にどのように信頼されているのかが伝わった気がした。フィリップのシーンももちろん。
パリの報道局テロはとてもリアリティがあって映画館の席にいるのに不安に駆られた。現実でテロ続発中には既に兄がパリに在住していたし、無事に帰ってこれたが色んな不安を抱えて数回パリに行ったことも少し個人的には影響を受けやすかったのかもしれない。

少し脱線したついでに。作品中における報道局テロの起こり方は、私にとって今一度身を引き締めるように警告を受けた気もした。
日本人は、同じ日本人同士ならば人の善悪は何となく感じ取れる気がするし、変な人からははっきりとはわからなくても違和感を感じることはできると思う。でも対外国人、とくに欧米人になると、悪の判断がわかりにくいと思う。
世界史を学んだ身として、日本は本当に平和になったんだなと思った。
この平和は、国民一人ひとりが平和を実感し続けることでしか継続させることはできないのだから、私たち自ら手放すような愚かな事をしてはいけない。具体的には、日々に感謝して、政治は真剣に厳しく見守ろう。

さて忘れてはいけない、サブキャラクターたち。作品を彩る花たち。二人だなぁ。


まず、三谷演じる桜井ユキ。こういうものすごく感情表現を求められる役柄を担った人はとにかく方々で褒めちぎられることと思うが、私も大いに絶賛したい。蒔野に対して恋愛感情があったのか、実のところわからないという結論になる描かれ方を見事に演じ切ったといえやしないか。

もう一人は、リチャード演じる伊勢谷友介。もうね完璧なイケメンでしかない。これまた難しいはず。私はかっこよさって、顔やスタイルももちろん大切だけど、最後は生き様で滲み出てくるものだと考えるから。それを存在で納得させられるって、俳優のすごさそのものだと思う。登場シーンは多くはないが、だからこそなおさら。

映画館でもう一度観たいなぁ。

音楽好きとしてうっかりうっかり、音楽に言及するのを忘れてしまった(笑)
クラシックギターをまともに聴いたのは実は初めてで、かっこいいなぁと思いました。
そして改めて、クラシックってやっぱり、クラシックにしか出せない厳しさと美しさの混合があると思った。
クラシックはただ古いのではなくて、長い年月の中で発展した基礎と技術やメソッドを守ることと再現すること、そこにはそれを実行する以上に人に響かせるものがある。


『マチネの終わりに』、私の記事を読んでからではだいぶネタバレしているけれど、私が述べたことは嘘がないと思っていただけるはず。
ぜひお薦めします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました